市川市動植物園公式Xより

「巨大な渦」の真ん中で 世界中からの批判、鳴り止まない電話…安永課長が直面したSNSの衝撃

By - emogram編集部・ゆんち
アニマル

【連載】市川市動植物園・安永崇課長が語る「SNSの光と影」(#2)

「#がんばれパンチ」というハッシュタグをきっかけに、瞬く間に世界中へと広がった市川市動植物園(千葉県)の熱狂。しかし、安永崇課長が「情報戦略がうまくいった」と手応えを感じたのは、ほんの一瞬のことでした。サル山の群れ入りに向けて奮闘中のニホンザルのパンチくん。emogram編集部のライター・ゆんちが、パンチくんの〝仕掛け人〟である安永課長に話を聞きました。

「ただの盛り上がりではない、社会現象だ」

潮目が変わったのは、2026年2月11日。「建国記念の日」の祝日でした。 あいにくの雪で園内の人影はまばらでしたが、ネット上ではパンチくんを巡る書き込みが異常なスピードで増殖していました。

安永課長:「反響が大きすぎる…、と感じたのはそのときでした。迎えた2月14、15日の土日。これはもう想定を遥かに超えるだろうと思いました。朝礼で職員たちに『これは単なる盛り上がりではない。もはや社会現象です。総力戦で当たってください』と檄を飛ばしたのを覚えています」

それ以降も、来園者は増え続けました。急増した人だかりは、サル山のサルたちに多大なストレスを与えます。そわそわしたり「喧嘩」したり。現場には緊張感が漂い始めました。

安永課長:「当初は話題になって嬉しい気持ちがありましたが、一瞬で戸惑いへと変わりました。飼育員がパンチの群れ入りに専念できる環境を守らなければならない。動物たちの日常も守らなくては。責任者として緊張感が走りました」

市川市動植物園=(撮影:ゆんち)

衝撃の「引きずられる動画」と、世界中からの批判

さらなる試練が襲ったのは、2月19日のこと。パンチくんが大きなサルに引きずられている短い動画がSNSで拡散され、瞬く間に「衝撃映像」として世界中に広まったのです。

安永課長:「翌日から、凄まじい数の電話やメールが殺到しました。受話器を置いたらすぐに次が鳴る。中には『パンチを見せ物にするな』『金儲けのために放置しているんだろう』という厳しい批判もありました。切り取られた数秒の動画だけを見て、世界中から反感を買ってしまった。バズるということは、ポジティブな感情だけでなく、こうしたネガティブな感情もすべて受け止めなければならないということなのだと、身をもって知りました」

実際には、それは群れの中で行われる「しつけ」の一場面であり、群れ入りを目指すパンチくんにとっては避けて通れない試練でもありました。飼育員が細心の注意を払って見守る中での出来事でした。しかし、ネットの海では「かわいそう」という負の感情が広がってしまったのです。

140文字では語れない「命の現場」をどう伝えるか

「このまま放置すれば、世界中から非難を受けることになる」。危機感を抱いた安永課長は、三連休を目前にした20日、異例の「声明文」を出すことを決断します。

安永課長:「最初はXの140文字で説明しようとしたのですが、飼育員に『とてもじゃないけど書き切れません!』と言われました。確かに、そんなに単純に説明できるものではないんですよね。どうすれば誤解を解き、世界中の人々に安心感を与えられるか。悩んだ末、テキストではなく文書を画像として投稿するスタイルを選びました」

芸能人の結婚報告などの手法を参考にしたこの「声明文スタイル」は、その後も合計4回にわたって配信されています。読みやすさを追求しつつ、何より「飼育員の信念」を丁寧に言葉にする。この対応が、結果的に園への信頼を取り戻す大きな転換点となりました。

巨大な渦に飲み込まれないために

「がんばれパンチ」という言葉から始まった大きな渦。安永課長はその中心で、激流に翻弄されないよう必死に舵を切り続けていました。

安永課長:「世界中の人に注目されるということは、何かあれば世界中の人の反感を買うということ。もう元の動植物園には戻れない。そんな中で、どうすれば自分たちの『持ち味』を失わずに、自分たちらしくあり続けられるか。この2カ月間、一瞬も気が休まることはありませんでした」

SNSの「光」が呼び寄せた、巨大な「影」。しかし、安永課長はここからさらなる「言葉の力」で、この難局を乗り越えようとしていました。 (#3に続く)

ライターコメント

「負の感情が再生産される怖さ」。安永課長のこの言葉に、SNS運用の厳しさを感じました。切り取られた数秒の動画が、何十年も積み上げてきた飼育員の努力や信念を否定しかねない。その「巨大な渦」の真ん中に立ち、逃げずに声明文を出し続けた安永課長の覚悟に、改めて敬意を表さずにはいられません。

<ライタープロフィル>ゆんち

2004年に産経新聞社へ入社。静岡、仙台での事件取材を経て、東京社会部では厚生労働省を担当、派遣労働問題などの社会課題を深く掘り下げる。また、特異なキャリアとして法廷画家を兼務し、数多くの法廷画を手掛けてきた。その後、産経新聞社が発行していたタブロイド紙「SANKEI EX」にてブランド、旅、食をテーマとした執筆活動を展開。南アフリカやオーストラリアなど世界各国を取材で巡るほか、臨時特派員として南太平洋のキリバス共和国への駐在経験も持つ。J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」にて、週1回おすすめニュースを3年間にわたり担当。

現在は2児の母となり、これまでの取材経験に加え、教育、健康、ライフハックへと関心の幅を広げている。「趣味を仕事に!」をモットーとする自称「脱力系ライター」。釣り、温泉、グルメ、そして海を眺めてぼーっと過ごす時間を愛する旅人でもある。長年、酒と旅と釣りを友としてきたが、現在は期間限定で禁酒中。新商品から旅、ファッション、グルメまで、自身のアンテナに触れたトピックを独自の視点で発信している。

【連載】安永崇課長が語る「SNSの光と影」過去記事

「がんばれパンチ」ブームの仕掛け人 市川市動植物園・安永崇課長が語る「SNSの光と影」

 

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