市川市動植物園=(撮影:ゆんち)

「負の感情の再生産」が一番怖い バズの魔力と、安永課長が守り抜いた市川市動植物園のプライド

By - emogram編集部・ゆんち
アニマル

【連載】市川市動植物園・安永崇課長が語る「SNSの光と影」(#3)

世界中から注目される「巨大な渦」の真ん中で、市川市動植物園(千葉県)の安永崇課長は冷徹なまでの現実を突きつけられていました。それは、SNSが持つ「残酷な法則」でした。emogram編集部のライター・ゆんちが、パンチくんの〝仕掛け人〟である安永課長に話を聞きました。

「刺激的な動画」だけが独り歩きするジレンマ

SNSには、穏やかな日常よりも、ショッキングな出来事や感情を揺さぶる刺激的な内容の方が、圧倒的なスピードで拡散されるという性質があります。安永課長は、パンチくんを巡る発信の中で、そのジレンマに直面しました。

安永課長:「動画に関して言えば、パンチがのんびり過ごしているものより、怒られているような刺激的な映像の方が、どうしても人々の気を引いてしまうんです。結果として、そうした動画ばかりが拡散され、『なんて可哀想なんだ』という『負の感情が再生産』されていく。これが本当に怖かった」

一度「かわいそう」というレッテルを貼られてしまえば、どれだけ飼育員が愛情を持って接していても、すべてが否定的に捉えられかねない。放置すれば、世界中の人々から非難されることになる―。安永課長は、その見えない巨大な圧力と戦い続けていました。

「大きな渦」に飲み込まれず、自分たちらしく

爆発的な人出、鳴り止まない批判の電話、そしてネット上の熱狂。これらすべてを、安永課長は「巨大な渦」と表現します。

安永課長:「バズらせてしまったら、もう元には戻れない。この渦に飲み込まれず、翻弄されずに、どうやって乗りこなしていくか。注目されてお客さんがたくさん来てくれるのは嬉しいですが、それによって市川市動植物園の持ち味を失ってはいけない。自分たちは自分たちらしく、状況は変わっても、立ち位置だけは変えないということに細心の注意を払いました」

世間が求める「見せ物としてのドラマ」ではなく、あくまで「動物の命と向き合う現場」としてのプライド。安永課長は、ブームの波に安易に乗るのではなく、むしろ足元を固めることに必死でした。

「グッズは作らないんですか?」への答え

ブームの最中、市川市動植物園には「パンチくんのグッズを作ってほしい」という要望もあったといいます。通常なら絶好のビジネスチャンスですが、安永課長は積極的な姿勢を取りませんでした。しかし、そこでの伝え方にこそ、安永課長の信念が宿っていました。

安永課長:「『作りません』と否定するのではなく、今の最優先は何かを伝えるようにしました。『今は来園者の安全確保や、動物たちのストレスを最小限にすることを一番に考えたい。お世話を第一に考えたいんです』と。パンチを利用して商売をやっているのではないということを、いかに誠実に伝えるか。自分がこう言われたらどう感じるかを、常に考え続けて回答するようにしていました」

終わらない緊張感。24時間考え続ける日々

SNSでの発信は、一度ボタンを押せばもう取り消せません。特に世界中が注目する状況下では、一つのミスが命取りになります。

安永課長:「もうずっと、気が休まることはありませんでした。仕事が終わったあとも、ずっと気になってしまう。こう投稿したらどう受け止められるだろう、誰かを傷つけないだろうか、不快に感じる人はいないだろうか。頭をフル回転させて、細部まで考え抜く。そんな日々が2カ月間続きました」

ポジティブな声だけでなく、向けられるすべてのネガティブな感情も受け止める。それが「バズる」ということの本当の意味なのだと、安永課長は語ります。そしてその緊張感は、安永課長が「投稿ボタン」を押す指先にまで、震えとなって表れていました。(#4に続く)

ライターコメント

良かれと思って始めた発信が、意図しない形で誰かを怒らせ、悲しませる。その連鎖を断ち切るために、安永課長が選んだのは「誠実な言葉」を積み重ねることでした。流行りに乗るのではなく、自分たちらしさを守る。それは、私たちが思っている以上に孤独で、勇気のいる決断だったのではないでしょうか。

<ライタープロフィル>ゆんち

2004年に産経新聞社へ入社。静岡、仙台での事件取材を経て、東京社会部では厚生労働省を担当、派遣労働問題などの社会課題を深く掘り下げる。また、特異なキャリアとして法廷画家を兼務し、数多くの法廷画を手掛けてきた。その後、産経新聞社が発行していたタブロイド紙「SANKEI EX」にてブランド、旅、食をテーマとした執筆活動を展開。南アフリカやオーストラリアなど世界各国を取材で巡るほか、臨時特派員として南太平洋のキリバス共和国への駐在経験も持つ。J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」にて、週1回おすすめニュースを3年間にわたり担当。

現在は2児の母となり、これまでの取材経験に加え、教育、健康、ライフハックへと関心の幅を広げている。「趣味を仕事に!」をモットーとする自称「脱力系ライター」。釣り、温泉、グルメ、そして海を眺めてぼーっと過ごす時間を愛する旅人でもある。長年、酒と旅と釣りを友としてきたが、現在は期間限定で禁酒中。新商品から旅、ファッション、グルメまで、自身のアンテナに触れたトピックを独自の視点で発信している。

【連載】安永崇課長が語る「SNSの光と影」#1~#2

「がんばれパンチ」ブームの仕掛け人 市川市動植物園・安永崇課長が語る「SNSの光と影」

「巨大な渦」の真ん中で 世界中からの批判、鳴り止まない電話…安永課長が直面したSNSの衝撃

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