東京ディズニーリゾート(TDR)を運営するオリエンタルランドは、年々厳しさを増す夏の暑さへの対策として、科学的根拠に基づいた空間づくりからゲストの行動サポートまで、多角的なアプローチを本格化させています。同社の経営戦略本部形成戦略部の土手就光氏と、熱中症対策の専門家である環境情報科学センターの神谷悠介氏が語った、夏のパークを安全かつ快適に楽しむための具体的な取り組みをレポートします。
パークが目指す夏の姿と、暑さ対策における「3つの重要ポイント」
近年、夏のパーク運営において最重要課題の一つとなっているのが熱中症対策です。土手氏は、環境変化に対する強い危機感と、目指すべきパークのビジョンを次のように語ります。

「昨今、夏の暑さが非常に厳しくなってきておりまして、『夏を楽しみたい』という思いの一方で、『暑さ対策や夏の暑さが気になる』というお声をいただくことが増えております。そういった環境変化に対して、我々としては『夏と言えばディズニー』『この夏の思い出はTDR』というような状態を目指しております。夏でも安心していただけるように、アトラクションやエンターテイメント以外の観点で、コンテンツの暑さ対策にフォーカスして頑張ってきているというところになります」
この目標を達成するため、同社では暑さ対策において「空間の対策」、「行動や体験の対策」、そしてそれらをゲストに的確に伝える「情報発信(コミュニケーション)」の3つの柱を軸に展開しています。今年は特に情報発信に注力し、専用ウェブサイトの開設やSNSでの動画発信を通じて、ゲストが事前に快適な過ごし方をイメージできる環境づくりを目指しているとのことです。
空間へのアプローチ:科学的根拠に基づいた「上・真ん中・下」の立体対策
パーク内では、2021年から専門家を交えて各施設の「WBGT(暑さ指数)」を測定し、優先順位をつけて科学的な空間対策を講じてきました。土手氏はこれを「上・真ん中・下」の3つのレベルに分けて説明します。
【上】の取り組み:日差しを遮る「タープの設置」

日を遮ることによって、太陽からの放射熱を大幅にカットすることが目的です。加えて、影になる地面の温度上昇が抑制されますので、放射熱が低減され、場の空間自体が暖かくならないような形を目指しているとのことです。
【真ん中】の取り組み:空気を循環させる「冷風機の設置」

実際に風を流すことで直接体に当たることで体温の低下にもつながります。また、汗が乾くときの『気化熱』と呼ばれる、水分が気化する時に体温が低下するメカニズムもあります。その他、空気が滞留すると感じる『ムシムシ感』を緩和する効果も狙って設置しているとのことです。
【下】の取り組み:路面温度を下げる「保水性塗装」

よく『打ち水』と言われていますが、路面温度を下げるような取り組みになります。地面にも保水性の塗装を行うことによって、路面の温度が上がらないような取り組みを目指しているとのことです。
行動・体験の対策:日常でも役立つ「TIPS」と専用マップの配布
空間を整えるだけでなく、ゲスト自身が体調管理に気を配れるような仕掛けも用意されています。土手氏は「個人のご年齢や体調、当日の状況によって、空間だけの対策ではどうしても足りないと言われています。ご自身の健康に対して自分自身で気遣えるようなきっかけ作りを、楽しい形でやっていきたい」とし、ウェブサイトからダウンロードできる2つのツールを紹介しました。


土手氏「たとえば熱中症予防として、首や手首を冷やすというものがあります。特に首の横には頸動脈が流れていますし、手首や手のひらには毛細血管が集中しています。そういった部位を効果的に冷やすことで、深部体温を下げていただくことを目指しています。これらはパークを楽しみながら対策をしていただくだけでなく、日常に戻ってもきちんと使える情報になります」
キャストによる水を提供する「ひんやりサービス」
さらに、夏のパークならではの体験型コンテンツとして用意されているのが、各店舗で展開される「ひんやりサービス」です。
これは、ゲストが持参、またはパーク内で購入した「ミストファン(霧吹き付きの扇風機型おもちゃ)」や、保水性の高い冷感タオル(クールコアタオル)に対して、キャストが冷たい水を提供するというサービス。

店内ではメディア向けにキャストによる実演も披露されました。キャストがゲストの持つミストファンを預かり、慣れた手つきで冷たい水を丁寧に補充していく姿は、機能面としての給水だけでなく、ゲストとの心温まるコミュニケーションを生む夏のパークの新しい風物詩となっています。

土手氏は最後に、この取り組みへの想いをこう締めくくりました。
「夏の暑さに対する不安を払拭していただけるように、また、ご自身の体調管理に気遣っていただけるようなツールときっかけをご用意しております。体の外側からもケアしていただき、熱中症への意識(内側)の方もケアしていただく、そういう状況を目指しております」
専門家が語る熱中症対策の基本と取り組みへの評価
環境情報科学センターの神谷悠介氏は、2021年度からオリエンタルランドの暑さ対策に科学的な知見から協力してきた専門家です。神谷氏はまず、熱中症対策の本質について次のように解説します。

「熱中症は、体の中に溜まる熱をうまく体外へ逃がせず、体温調節が間に合わなくなることで起こる病気です。そのため、対策の基本は『体に入ってくる熱(環境からの熱)』と『体の中で発生する熱(代謝熱)』、そして『体から逃げる熱(放熱・気化熱)』のバランスを整えることに尽きます」
神谷氏は、対策の切り口を「環境を変える(設備投資)」「行動を変える」「直接体を冷やす」「発生時の初期対応」の4つに分類。その上で、東京ディズニーリゾート(TDR)の取り組みを「多角的一体(重層的)に対策を行う視点で徹底されている」と高く評価しました。
特に、現場でWBGT(暑さ指数)を実測し、ゲストの行動パターンを組み合わせて「どれくらい暑さに暴露するか」をシミュレーションしたデータに基づき、設備導入の優先順位を決めている点を「非常に重要な科学的アプローチ」と特筆。さらに、日傘や冷感タオルの持ち込み緩和や、びしょ濡れプログラムといった「ゲストの楽しみを妨げずに熱中症予防行動へ結びつける」テーマパークならではの工夫を絶賛しました。
暑さ対策への質疑応答

Q1:これまでとは違う「今年度ならでは」の暑さ対策の強みや特徴は?
土手氏「今年度は、これまで毎年積み重ねてきた空間やハード面の対策に加え、『コミュニケーション(情報発信)』に特に力を入れています。10年以上かけてレストランのテラス席に屋根を設置したり、待機列にファンを導入したりしてきましたが、その情報がゲストに届いていない部分がありました。暑さ対策をしなきゃという義務感ではなく、楽しくてやっていた行動が自然と対策につながる状況を目指し、専用サイトやSNS動画、日常でも使えるツールを展開しています。また、空調機器や自販機がパークの非日常的な世界観を壊さないよう、世界観を守りながら対策を講じているのも弊社の特徴です」
神谷氏「どんなに優れた対策を用意しても、ゲストに知られ、使われなければ意味がありません。ハード面の充実に加え、ここにきて周知・コミュニケーションに力を入れるというのは、極めて正しいステップを踏まれていると思います」
Q2:「上・真ん中・下」の立体対策をパーク内で一番効果的に体感できる場所は?
土手氏「最もこの立体対策を体感していただけるのは、『ウェスタンランドの休憩所(屋内・屋外)』です。ここは上(タープ)、真ん中(冷風機)、下(保水性塗装による路面温度低下)のすべての観点から対策が講じられている象徴的な場所です。近くには『スプラッシュ・マウンテン』や『ビッグサンダー・マウンテン』がございますので、乗車後に一息つく際には、ぜひこちらの休憩所を活用していただきたいです」
神谷氏「暑さには気温、日差し、路面からの放射熱などさまざまな要因があります。何に対してどのアプローチを行うのかを明確にする意味で、この『上・真ん中・下』という分かりやすい軸で的確な対策を施しているのは、非常に理にかなっています」
Q3:ゲストから「ここが快適だった」と言われたら一番嬉しい場所は?
土手氏「我々が本当に目指しているのは、特定の場所だけでなく、『1日の滞在を終えて退園される際に、夏のディズニーって意外と快適だったねと感じていただくこと』です。ですので、1日の体験を通した暑さ対策にフォーカスしています。ダイレクトに暑さ指数を下げられる『上(日射を遮る)』の対策を最優先で強化しつつ、行動デザインも含めてトータルでサポートしていきます」
神谷氏「熱中症は熱が体内に蓄積して起こるため、1箇所を涼しくすること以上に、1日を通してゲストが浴びる総熱量をいかに減らすかという視点が重要になります。1日の体験として暑さ対策を設計されているアプローチは、非常に本質的です」
Q4:暑さの影響で、パーク内で売れるグッズに変化はあるか?
土手氏「ロングセラー商品である『ミストファン』が、ここ数年、さらに好調で、夏の必需品として定着していると感じます。単に商品を販売するだけでなく、各店舗でキャストがお水を補充する『ひんやりサービス』をセットで提供することで、ゲストとのコミュニケーションのきっかけにもなっています。その他、アイスの種類を増やしたり、水分・塩分を美味しく補給できるドリンクもご用意しています」
神谷氏「ミストファンは、冷たい水を肌に吹きかける直接的な冷却効果と、それが蒸発するときの『気化熱』の作用で皮膚温度を下げる、非常に理にかなったグッズです。給水補充スポットが随所にあるため、1日を通して繰り返し使える仕組みになっている点も機能的ですね」
Q5:子連れのファミリー向けの具体的な暑さ対策やアドバイスは?
土手氏「お子様は大人に比べて、自分自身の体調の変化に気づきにくいという性質がございます。そこで、子どもたちが『楽しいからついついやってしまう行動』が、結果的に暑さ対策になっている状況を目指しています。ミストファンで水鉄砲のように遊んだり、びしょ濡れスポットで全身で水を浴びたりといった体験です。また、事前にお配りしている熱中症対策ツールなどを、ぜひご家族で一緒に見ながら『パークではこうやって過ごそうね』という会話を生み、楽しみながら対策をしていただければと思います」
神谷氏「お子様は夢中になると喉の渇きやだるさを自覚しにくい傾向があります。保護者の方はぜひ意識的にお子様の様子に目を向けていただき、こまめな休憩を先回りして取らせてあげてください。また、公開されている自由研究に使えるようなシートも活用し、楽しむと同時に暑さについて学ぶ機会にしていただければと思います」
Q6:これから夏のパークを訪れるゲストへのメッセージやアドバイス
土手氏「『意外と知らなかったけれど、夏のパークを快適に過ごす方法ってたくさんあるんだな』と感じていただけたら本望です。夏のディズニーは暑そうで不安だなという方に向けてさまざまな情報を発信しておりますので、ご自身の体調やペースに合わせて夏のパークを1日満喫していただけたら嬉しいです」
神谷氏「熱中症対策において『行動』はゲストご自身の協力が不可欠です。『前日は睡眠不足にならないよう早く寝る』『過度な飲酒は控える』『入園直後からこまめに水分・塩分を取る』『休憩を多く挟む』といった基本的な行動が、ご自身の体を守ることにつながります。体調が万全であればあるほどパークでの楽しさも増しますので、ご自分の体を労わりながら楽しんでいただきたいです」
Q7:夏のパークの過ごし方の変化(時間帯を絞った楽しみ方など)について
土手氏「皆様の夏の過ごし方や選択肢は非常に多様化しており、ゲストの来園パターンにも変化が見られます。我々としては、どのような来園スタイルであっても最高の思い出にしていただきたいと考えています。具体的には、夜限定のエンターテイメントを目的にされる方向けに、夏の期間だけ夕方以降に入園できるお得なチケットの販売を強化したり、日中から来られる方には、本日ご紹介したような空間・行動の立体対策や水を使ったプログラムを提供したりしています。フレキシブルにパークを体験できる環境を、今後もハード・ソフトの両面からご提供していきたいと考えています」
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