かつてはアパレルブランドの黒衣(くろこ)として、ネクタイを黙々と縫い続けてきた岡山県津山市の縫製業者、笏本(しゃくもと)縫製。三代目の笏本達宏さん(39)は、家業を「ただ待つだけの受託製造」から、自らのブランドで勝負する「選ばれる工場」へと変貌させました。
「消えゆく技術」を守るための決断
約10年前、笏本さんが自社ブランドを立ち上げた時、胸にあったのは「なんとかこの会社を生き残らせたい」という一心でした。
母から「継がないで」とまで言われた倒産寸前の逆境。日々、安価な海外製品にシェアを奪われ、いくら技術に自信があってもその魅力を発信できない、エンドユーザーの声を聴くこともできないー。そんなもどかしさと危機感の中で、笏本さんは大きな挑戦に踏み出しました。
笏本さん:「次々と仕事が海外へ流れていく中、自分たちが生き残れる道を模索してたどり着いたのが、ネクタイでした。ネクタイはシンプルな構造にみえますが、実は、ごまかしが効かない。職人が魂を込めて作らなければ、本当に良いものはできない製品なんです」
ブランド名は「SHAKUNONÉ(シャクノネ)」。漢字で書くと「笏の音」。雅楽で使われる拍子木(笏)の、カーンと遠くまで響き渡る音のように「自分たちの製品が、遠くの方々まで届いてほしい」という切なる願いを込めました。

「おくるみ」から始まった、もう一つの物語
職人のプライドを注ぎ込んで作られる笏本縫製のネクタイは、SNSを通じて「結んだ時の美しさが違う」と評判を呼び、着実にファンを増やしました。

しかし、昨年8月、笏本縫製にさらなる「新しい風」が吹きます。
きっかけは、笏本さんの次男の誕生でした。一人の職人が、お祝いとしてダブルガーゼの生地で「おくるみ」を縫ってくれたのです。その手触りの良さに感動した笏本さんがSNSに写真をアップしたところ、予想もしない反響が寄せられました。
「こんなのが欲しかった」「私にも売ってほしい」
そんな声に応えて数量限定で販売すると、またたく間に完売。その後も止まらない要望を受け、10月に再販に踏み切ると、3日間で6,000件という、信じられないほどの受注が舞い込んだのです。

笏本さん:「広告も出せないようなうちのような会社にとっては、信じられないほどの数字です。SNSのみなさんが、ムーブメントを作ってくれました」
一緒に作り上げた、社運を変える〝お祭り〟
なぜ、これほどの熱狂が生まれたのか。笏本さんは「正直、いまだにはっきりした理由はわからないんです」と振り返ります。しかし、確信しているのは、これが自分たちだけの成果ではないということです。
笏本さん:「SNSの皆さんが、まるでお祭りのように一緒に盛り上げてくださった。そして、頂いたリクエストをデザインに落とし込んでいく。みなさんの声が、自分たちの追い風になって、一緒に作り上げてもらったという感覚なんです。この半年で、社運が変わるほどのムーブメントになりました」
ネクタイという市場が縮小する中で、より日常に溶け込んでいるハンカチ。それが「笏本縫製」を知ってもらうための新しい入り口となり、多くの応援の声が届くようになりました。
2月20日、3日間限定の再販に込める願い
ときには、お子さんを抱っこ紐で抱えながら工場に立ち、一人の父親としての顔も見せる笏本さん。彼が守りたいのは、ただの布製品ではなく、日本の職人が次世代へ誇りを持って繋いでいく「場所」そのものです。

笏本さん:「私たちは選ばれないわけじゃなかった。知られてなかっただけだと思っています」
2月20日(金)正午から始まる、全10デザインのダブルガーゼハンカチと手ぬぐいの3日間限定受注。それは、ユーザーと共に歩むことを決めた三代目が放つ、未来への高らかな「笏の音」となるのでしょう。
■SHAKUNONEオンラインページ
https://store.shakumoto.co.jp/
ライターコメント
笏本さんは「(反響の)理由がわからない」と話していましたが、その答えは、「想い」の連鎖にあったのではないでしょうか。緻密なマーケティングを超えて、職人の誠実さと、赤ちゃんの誕生を祝う優しさ、そして「本当に良いもの」を求める使い手の想いが共鳴した、まさに必然の「奇跡」だったのではないかと思います。
<ライタープロフィル>ゆんち
2004年に産経新聞社へ入社。静岡、仙台での事件取材を経て、東京社会部では厚生労働省を担当、派遣労働問題などの社会課題を深く掘り下げる。また、特異なキャリアとして法廷画家を兼務し、数多くの法廷画を手掛けてきた。その後、産経新聞社が発行していたタブロイド紙「SANKEI EX」にてブランド、旅、食をテーマとした執筆活動を展開。南アフリカやオーストラリアなど世界各国を取材で巡るほか、臨時特派員として南太平洋のキリバス共和国への駐在経験も持つ。J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」にて、週1回おすすめニュースを3年間にわたり担当。
現在は2児の母となり、これまでの取材経験に加え、教育、健康、ライフハックへと関心の幅を広げている。「趣味を仕事に!」をモットーとする自称「脱力系ライター」。釣り、温泉、グルメ、そして海を眺めてぼーっと過ごす時間を愛する旅人でもある。長年、酒と旅と釣りを友としてきたが、現在は期間限定で禁酒中。新商品から旅、ファッション、グルメまで、自身のアンテナに触れたトピックを独自の視点で発信している。












