覆面小説家の舞城王太郎氏が2002年に発表した青春ミステリー小説「世界は密室でできている。」を原作として、東京・新宿のシアターサンモールで10月24日~11月2日まで上演された同名舞台のDVDとBlu-rayの予約販売が12月末まで行われています。
舞台の脚本・演出は、劇団鹿殺しの丸尾丸一郎氏が手がけ、上演中は、連日、多くの来場者で賑わった話題作の映像化。11月1日と2日の公演回が収録されており、先行特典として①送料無料②非売品の舞台写真ポストカード10点が付きます。価格はDVDが税込み9000円、Blu-rayが1万円です。商品は2026年4月末頃の送付開始予定としています。
舞城王太郎氏とは?
舞城王太郎氏は、2001年デビューの作家。2025年は新作を上梓していませんが、代表作「世界は密室でできている」の20年越しの舞台化に加え、小説「代替」の書き出しがSNSでバズったほか、小説「ディスコ探偵水曜日」の復刊決定など、各方面で話題を集めました。

小説「世界は密室でできている。」
小説「世界は密室でできている。」は、SFやホラー、純文学など多岐にわたる要素を盛り込みつつ、独自色の強い舞城王太郎さんの作品の中でも、多くの人が楽しめる「青春ミステリー・エンターテイメント」として、23年前に発表された作品ながらも、息の長い人気を誇っています。
あらすじ
「15歳の僕と14歳にして名探偵のルンババは、家も隣の親友同士。中三の修学旅行で東京へ行った僕らは、風変わりな姉妹と知り合った。僕らの冒険はそこから始まる。地元の高校に進学し大学受験――そんな10代の折々に待ち受ける密室殺人事件の数々に、ルンババと僕は立ち向かう」(舞台の公式サイトより)
舞台の特徴は?観劇レポ(※ネタバレあり)
今回、筆者は上演中に舞台を複数観劇したので、ここで、主観を交えて感想をつづっていきたいと思います。
今回の舞台の最大の特徴は、ティーン探偵役の「番場潤二郎(ルンババ)」とワトソン役の「西村友紀夫(ゆきお)」を、俳優の糸川耀士郎さん(32)と笹森裕貴さん(28)が、ダブル主人公として、交代で務めたことです。

メインヒロインである風変わりな「井上姉妹」も、姉の「椿」を元AKB48の岡部麟さん(29)、妹の「榎」は元AKBの小田えりなさん(28)、現役AKB48の田口愛佳さん(22)がダブルキャストで演じました。

このため、公演回によって登場するキャラクターの組み合わせが複数あり、パターンによって[A][B][C][D]の4つのグループで公演は上演されました。
複数回見に行った筆者としては、両バージョンの「ルンババ」と「ゆきお」の公演を鑑賞しましたが、それぞれ素晴らしく、甲乙つけ難い内容でした。
舞台に立ち現れる舞城の世界「福井県西暁町」
そして、今回の舞台は、小説で描かれた「福井県西暁町」と「福井弁」、疾走感のある口語的なリズムのやりとりがリアルに再現されたことも大きな特徴の一つです。
舞台がはじまるなり、スクリーンに映し出される、「福井県西暁町」の文字。
舞城作品に頻繁に出てくる架空の地域が、これから、現れてくるのかと思うと、胸が高鳴ります。そして田舎らしい光景や一軒家のイメージから転じ、舞台上には、柱が斜めに立ち、電線がはりめぐされた背景。
そして、「何かと煙は高いところが好きと人は言うようだし父も母もルンババも僕に向かってそう言うのでどうやら僕は煙であるようだった。」という原作の秀逸な書きだしを、殆どそのまま再現した、主人公・友紀夫の第一声。
この時点で、原作ファンはニヤリとしつつ、舞台上に小説「世界は密室でできている」に登場する【あの屋根の上】を目にすることになることでしょう。

その後も、疾走感をもって、一息で語り続ける友紀夫の姿は、舞城王太郎氏についてよく評される「スピード感のある口語文体」の雰囲気をそのまま再現したかのようです。


初期の舞城作品らしいヒロインの一人・井上椿

そして、由紀夫による語りの中で、エキセントリックと評されるヒロイン・井上椿(岡部麟)が、赤いスーツを着こなして登場したときのなにかが起こりそう感。また、破天荒なのにどこかつかめない様に、筆者はいたく感動してしまいました。
井上姉・椿が乗っているパトカーの爆撃シーンは、原作では、たたみかけるような表現が際立つシーンですが、筆者の楽しみにしているシーンの一つでもありました。
原作では顔を伏せた椿が、最後まで沈黙を貫く姿の描写が印象的ですが、舞台では一転、まさかの椿が歌いだすというミュージカル演出になっていたのには驚きました。
これについて、演出を手掛けた丸尾丸一郎氏は、パンフレットの中で「舞台化するなら小説とは違うカタルシスを出したい」「それには音楽が強い武器になる」とつづっており、実際に、全編通して、しばしばミュージカルの要素が取り入れられていました。

主題歌にも感動
丸尾丸一郎氏が作詞、作曲・編曲を伊真吾氏が手掛けた主題歌「世界は密室でできている。」も、原作の要素とリスペクトを歌詞に落とし込まれていたと感じました。また、友紀夫とルンババを両方演じた糸川耀士郎さんと、笹森裕樹さんによるデュエットも感慨深く、ひとつのカタルシス(浄化)になるよう丁寧に歌われていました。原作の十代らしい印象的な「四コマ」について語るラストを想起させるフレーズや、そこから続く未来への透明感のあるまなざしが活かされていて、感極まりました。
ライターコメント
「世界は密室でできている。」を観劇した筆者の率直な感想としては、原作ファンも安心して見られる素晴らしい舞台だったと思います。複数回鑑賞した筆者にとって、どの組み合わせも素晴らしく、個人的には、糸川耀士郎さんはより舞城王太郎氏のコミカルさを、そして笹森裕樹さんは舞城作品に通ずる怪しさを体現していたように感じられたので、やはりそれぞれのバージョンを見るのがおすすめです。
丸尾氏がパンフレットで「どっちでも見たい」「僕が見たいということはきっとお客さんもどっちでもで見たいはず」と語っているのも頷けます。
普通だったら嚙み続けて当たり前であろう舞城王太郎氏の「スピード感のある口語」のセリフを2役分覚え、しかも、それぞれ疾走感とともに演じ遂げたダブル主人公のおふたりには、改めて拍手を送りたいです。
井上姉妹も、大変刺激的で素晴らしかったです。
また、原作に出てくる「人物を移動する映像」も、元々は、巧みなリズム感の文章で「映像っぽさ」が表現されていますが、今回の舞台では、実際に映像として制作され、劇中劇のように流れるのも、原作読者にとってはチェックしておきたいところ。
舞城の初期作品のヒロイン像に特徴的な、少々猟奇的で口達者だけどピュアでチャーミングな女性キャラクター。
「阿修羅ガール」の語り手アイコ、「ピコーン!」の語り手チョコ、そして今回、友紀夫の語りで描かれる、井上椿。
岡部麟さんが演じきったその破天荒な魅力は、往年の舞城読者、とくにこれらの独特な女性キャラファンにとって、一見の価値ありです。
舞城王太郎氏は、覆面作家です。性別すらも非公表、いまだに謎につつまれている稀有な作家です。
毎回、書き手である主人公の性別や性格、年齢によって、自在に言い回しや考え方、語彙までも使い分ける巧みさにより、「阿修羅ガール」は女子高生アイコが書いたとしか思えないように、「世界は密室で出来ている」は、十代男子である友紀夫が書いたとしか思えません。
だからこそといいますか、舞城の作品ごとの、主人公の一人称を読むたびに、そして読み手の脳に直接入ってきて、ダイレクトに働きかけるような文体、読み手を書き手にして、読み手と書き手と主人公を三位一体にするようなレトリックが頻繁に取り入れられています。
面白い文章と、事実情報をそのまま伝える文章はまた別。そんな表現や誇張、脚色のふくよかさによって、改めて伝えられることがあるという舞城王太郎氏の魂を継承したような、丸尾丸一郎氏による舞台でした!
気になる方は、DVDなどでお見逃しのないよう!
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