灘中学受験に向けて校舎に入る受験生や親たち=1月17日午前、神戸市東灘区

灘中入試でガザ戦禍の子どもの詩、出題意図を灘出身の山﨑信之亮・希学園学園長に聞いた

By - emogram編集部
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超名門私立学校として知られる灘校(中・高)の中学受験が1月17日、18日に行われました。

灘校の2025年度の大学合格者は、東京大78人、京都大50人。浪人生も含まれますが、卒業生214人のうち、東大・京大の合格者だけで卒業生の半数を超え、東大進学率は日本一とも言われています。

その灘校への入り口となる灘中の入試は全国でも最高難易度といわれています。日程にも特徴があり、1日目は国語、理科、算数、2日目にも国語と算数が課される一方、社会はありません。

かつては遠藤周作氏や中嶋らも氏、そして高橋源一郎氏などの作家、さらには勝谷誠彦氏などのジャーナル系文筆家を輩出し、現在に至るまで数多くの医師や研究者や政治家などを世に送り出し、最難関との呼び声も高い「灘校」の中学入試。

その難関を極める灘中の今年の入試2日目の国語問題で、パレスチナのガザ地区の戦禍のこどもの詩が出題され、SNSを中心に大きな話題を集めました。中学受験でそうしたテーマを扱った問題が出題されるのは稀なためです。

出題された詩は2つ

今回、「二〇二三年からパレスチナで起きていることをきっかけに書かれた詩」として出題された詩は、以下の2つです。

A「おうちってなに? ムスアブ・アブトーハー 山口勲 訳」
B「おなまえかいて ゼイナ・アッザーム 原口昇平 訳」

Aでは、戦禍での影響を受ける前の、安全で美しかった「おうち」への回顧と、それが失われる無常さが描かれ、Bでは、子供が、「あしにおなまえかいて、ママ」とねだる姿が印象的に取り上げられています。

出題文の後述では、「ガザでは、自分や子どもが殺されても身元がわかるよう、その名前を子どもの足に書くことにした親もいる。--二〇二三年十月二十二日CNN報道」との一文が添えられていました。

この出題の出典は「現代詩手帖」2024年5月号(思潮社刊)における特集「パレスチナ詩アンソロジー 抵抗の声を聴く」に収録された記事です。

戦禍の子どもの痛ましい様子が描かれている内容だけに、実際に試験に臨んだ受験生だけでなく、最難関中学で社会事象を扱った詩が出題された妥当性をめぐって、多くの賛否の声が上がりました。

今回の問題は、どのような意図で出題されたものだったのでしょうか。

灘校出身者で希学園学園長でもある山﨑信之亮さんはどう見るか

今回はその内容を客観的に分析してもらうため、emogram編集部で、難関国立・私立中学受験専門塾「希学園」の山﨑信之亮・首都圏学園長に出題意図の解説を依頼したところ、快諾して頂きました。

山﨑さんは、自身も灘中入試を経験。その後、灘高から東大に進学したのち、塾講師に就きました。中受トップクラスの国語指導者でもありながら、30代にして、希学園・首都圏学園長をつとめる人物です。

山﨑さんは、今回、出題された2編の詩が出題された意図について、「評論・文芸に比べ、言葉を究極まで削りきった表現である詩の『余白』部分を論理的かつ想像力豊かに紐解いていく能力が求められる」ためだと指摘。そうした力があるかを見極める問題とした上で、「詩の試験問題は『読解』ではなく『解読』」だと解説してくれました。

出題の意図は?

問題Aの「おうちってなに?」が出題された背景について山﨑さんは「裕福な先進国である日本に生まれ、ささやかな幸せを所与のものとして『在り難さ』に気づけていないであろう我々、そして灘中受験生に、平和は『当たり前』ではなく、『戦争で容易に破壊されるものだ』『しかも世界にはその苦しみに直面している同年代の少年少女がいるのだ』ということを、痛烈に示しています」と解説。

一方、問題B「おなまえ かいて」については、次のように語ってくれました。

「地球上のどこかで、同世代の少年少女が悲惨な状況にある。平和な日常は、一瞬にして崩壊する可能性がある。それを想像し、感受する先に『学問(なんか)をしていられる有り難さ』があります。平和だからこそ、学問に没頭できるのです。中学受験はともすればその『有り難さ』を離れ、まさに点数で記号化された存在に子供たちを追いやりがちです。その状況にも一石を投じられているのかもしれません」

山﨑さんは、この詩の出題を通じて灘校は「『人間らしさとは何か』という問い、そして求められるのは『高度な感受性と想像力』」を試したのではないかという見立てをしていました。

現代社会と、未来をになうこどもたちへの願い

山﨑さんは、今回の出題には、灘校から子供達に向けたメッセージと願いも込められているといい、これに関して追加でコメントしてくれました。

「現代社会は、人間を記号として扱います。『○○人のお客様がお越しになりました』『犠牲者は○○人でした』というものから、果ては『あなたの代わりはいくらでもいる』などという扱いまで。しかし、我々一人ひとりには物語があり、歴史があり、家族があり、唯一無二の『おなまえ』があります。忘れがちで大切なことを、中学受験入試会場という究極の場面であっても忘れないでほしい。そのような願いが込められているように思います」

詩の関係者や各界の灘校出身者の声

今回の灘中入試の国語の問題については、灘校出身の著名人を中心にSNS上で多くの発信が行われています。

「おなまえかいて」を翻訳した原口昇平さんは自身のXで次のような見解を示しています。投稿では、受験産業を取り巻く様々な声のほか、この詩が出題文として扱われることへの賛否があることに触れつつ、「パレスチナの詩が今後何年間にもわたって塾で過去問として読まれ続けること、かつ設問の一部が安易でなく深く考えさせられるものであったことから、プラスの意義も深いと思います」と指摘。そのうえで、「パズル問題を解く能力よりも、人間性をめぐる答えを見出しがたい問いに向き合う姿勢を問いたいという出題者の思いが、伝わってくる気がしました」とつづりました。

今回、試験問題として出題された「おうちってなに」の作者であるムスアブ・アブトーハーさんも、この作品が使用されたことに対しXで「光栄に存じます」と英語で投稿しました。

このほか、灘出身の小説家であり、文芸評論家の高橋源一郎氏は自身のXで、「おれは大学の教員だった十四年、ずっと国語の入試問題も作ってきた」とし、「ほんとうに素晴らしい入試問題」と続け、「そして実はもっと大切なことは、すでにここから『教育』が始まってるってことなんだ。まず『動揺』を与えることから『教育』は始まるんだよ」という見解をつづり、「灘の先生、グッジョブ」という教育者目線でのメッセージを投稿しました。

学校からの大きなメッセージ

灘校出身、ハーバード大学卒で現兵庫県芦屋市長である高島りょうすけ氏は「【入試問題は、学校からの大きなメッセージ】」とし、「灘に縁があった人も、他に縁があった人も、どうかこの問題に向き合ったことを忘れないでください」とし、この入試問題と向き合った小学6年生へエールを送りました。

また、元吉本興業の社員で、現在は灘校出身者を中心としたユーチューブチャンネル「雷獣」のメンバーである喋ってなんぼ駒井さん(@shabettenambo)はXで「灘は入試に社会が無いので、 そういった意味でも今年の国語の第三問はほんまに素晴らしいと思います。 卒業生として、とても誇らしく思います」と称賛の言葉をつづりました。

SNS上の反応

単なる偏差値教育に収まらない知性を育む、関西の名門私学であり、自由な校風で知られる灘校の今回の試験問題に対し、SNS上では、卒業生からの声をはじめ、多くのユニークなコメントが寄せられています。

具体的には「社会問題を『子どもの詩』という形で突きつけるのは、灘中らしい大胆さだと思います」「この詩を中学受験で取り上げたことには意味があると思います」というコメントが多くみられました。

また、「『おなまえ かいて』一読して涙が溢れて来ました。どんなスローガンより痛切に心に沁み通る。言葉の持つ力の強さ」「大人も読んだほうがいいですね」といった詩の内容を礼賛する声も多数見られました。

一方で、「こういった詩は正答を問う試験問題としてではなく、授業でじっくり扱ってほしい」といった趣旨のコメントも。同時に「6年間の教育の中で、人類の知的遺産に触れ、資本主義の矛盾にも気づいていく。そんな、教育を進めてほしいものだと思いました」という指摘もあり、受験戦争という競争を勝ち抜いた後の灘中合格者たちに向けエールを送る声も寄せられていました。

ライターコメント

もう20年以上前になりますが、灘中入試のプレッシャーにさらされる受験生の等身大の姿を間近で見てきた身としては、試験に向けて受験生がどれほど苦労を重ねてきたかが分かるつもりです。

灘を受験するような子供たちは、確かに日本国内で、生活環境や教育面で恵まれている部分はあるかもしれませんが、受け身で甘やかされているばかりでは、あのレベルの学力は身につけられるとは思えません。

元々、学びを楽しむ素養があったり、覚えが早かったりする子供たちではあるのでしょうが、その中でさらなる切磋琢磨を重ね、自身の気概や覚悟をもって、長時間の勉強を積み重ねて、合格を摑み取る子がほとんどです。

親や先生の期待に応えるため、また叱咤激励の連続の中で、自身の未来に向けて、いろんなことを我慢して、死に物狂いで頑張っている12歳の子どもたちもいます。

関わっている大人たち自身も、高額な塾費用や合格できるかのプレッシャーで不安になることもしばしばで、健全な形で子供をフォローできたり、適切に応援できたりする事例ばかりではありません。

「受験戦争」という厳しく過酷な戦いを、彼らなりに全力で向き合ってきた受験生にとって、今回の国語問題を通じてガザの子供たちに思いを馳せる試験の時間は、合否結果に関わらず、記憶に深く刻まれる内容になったのではないでしょうか。

12歳のみなさま、本当に、受験お疲れさまでした。

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