東京・上野アメ横の喧騒の中で、昭和50年から時を刻み続ける純喫茶「珈琲 王城」。今、「究極のトースト」として話題を呼んでいるメニューがあります。
きっかけは、この投稿。
先日、ある お方から
「このピザトーストはピザを越えている」
という とても有難い お言葉を頂戴いたしました😍
ちなみに・・・
当店のピザトーストは 厚さ と 熱さ が命ですので、撮影される際には、チーズが固まる前に素早く行い、終わり次第 直ぐに… pic.twitter.com/jMUSVlTast— 珈琲 王城 公式ページ (@coffeeoujou) February 18, 2026
この言葉が気になって仕方がないemogram編集部では、さっそく取材を敢行。オーナーさんに、その驚きのボリュームと、誕生の背景を聞きました。
「撮影よりも、まずは熱いうちに!」オーナーが語るこだわり
このピザトースト、驚くのはその圧倒的な存在感。高さはなんと「6cm」もあります。しかし、オーナーさんにはどうしても伝えておきたい「食べ方の極意」があるそうです。
オーナー:「当店のピザトーストは『厚さ』と『熱さ』が命です。ですので、撮影される際にはチーズが固まる前に素早く行い、終わり次第すぐに召し上がられることをおすすめいたします。これは、私自身の経験談でもあるんですよ(笑)」
さらに味の決め手についても教えていただきました。
オーナー:「味のベースには、当店自慢の自家製ミートソースに使用している『秘伝のソース』を使っています。外はカリッとしながらも、中はもっちりとした食感に徹底してこだわっています」
ちなみに、この写真は自家製ミートソースです。おいしそう~

なぜ「デカ盛り」なのか? 上野が「北の玄関口」だった頃の記憶
しかし、なぜここまで大きいのでしょうか。そこには、創業当時の上野という街ならではの、切なくも温かい理由がありました。
オーナー:「当店は昭和50年創業です。当時の上野は『北の玄関口』と言われ、東北地方からの集団就職で多くの人々が訪れる街でした」
オーナーさんによると、携帯電話もない時代、夜行列車は天候などによって大幅に遅れが生じやすく、駅ナカなどの施設もありませんでした。
そこで、人々は純喫茶で待ち合わせをして、何かあったら公衆電話から店に連絡してもらったり、それもできない状況では、連絡のないまま店で何時間も待たなければならない…ということが、日常としてあったそうです。
王城は当時、誰かを待つ人たちのための大切な場所だったのです。
オーナー:「そんな中、当店は1品1品の量を『あえて』多くすることで、長くゆっくり滞在できるように、という基本理念がありました。その名残で、現在もこの大きさのまま商品を提供し続けているのです」

時代が変わっても変わらない「一皿の安心感」
スマートフォンの画面一つで誰とでも繋がれる現代。しかし、王城の分厚いトーストを頬張ると、かつて連絡の取れない相手をじっと待ち続けた人々の不安を、温かく包み込んだ昭和の優しさが伝わってくるようです。
ライターコメント
昭和50年―。数字で見ればそれほど遠くない過去のようにも思えますが、当時の上野には今とは全く異なる風景が広がっていたようです。王城さんの店内で生まれては消えていった、数えきれないほどの「再会のドラマ」に思いを馳せながら、ノスタルジックなメニューをゆっくりと味わってみたいものです。
<ライタープロフィル>ゆんち
2004年に産経新聞社へ入社。静岡、仙台での事件取材を経て、東京社会部では厚生労働省を担当、派遣労働問題などの社会課題を深く掘り下げる。また、特異なキャリアとして法廷画家を兼務し、数多くの法廷画を手掛けてきた。その後、産経新聞社が発行していたタブロイド紙「SANKEI EX」にてブランド、旅、食をテーマとした執筆活動を展開。南アフリカやオーストラリアなど世界各国を取材で巡るほか、臨時特派員として南太平洋のキリバス共和国への駐在経験も持つ。J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」にて、週1回おすすめニュースを3年間にわたり担当。
現在は2児の母となり、これまでの取材経験に加え、教育、健康、ライフハックへと関心の幅を広げている。「趣味を仕事に!」をモットーとする自称「脱力系ライター」。釣り、温泉、グルメ、そして海を眺めてぼーっと過ごす時間を愛する旅人でもある。長年、酒と旅と釣りを友としてきたが、現在は期間限定で禁酒中。新商品から旅、ファッション、グルメまで、自身のアンテナに触れたトピックを独自の視点で発信している。












